やっぱ僕には、創作に必要なパッションだとかいったものが抜け落ちてるみたいです。いかんな〜。
「祐巳さんと結婚したいな〜」
出し抜けに、由乃が言った。
「ええっ!?」
素っ頓狂な声を出して驚くのは瞳子くらいのもの。
他の生徒会役員は、まったく冷淡なものだ。
志摩子は乃梨子と、仕事しているのかいちゃついているのか、といった調子だし、「結婚相手」の祐巳は、素知らぬ顔で書類を整理してる。
あわてて瞳子は目を伏せ、目の前の仕事に立ち戻った。
「結婚しーたーいーのー」
由乃はテーブルに突っ伏し、足をばたばたさせる。
リリアンの、しかも生徒会の役員とは思えない素行だ。
「はいはい、結婚したいのね」
祐巳が適当にあしらう。
由乃の妄言には、皆慣れていた。
思いついた言葉を、思考に通さずそのままアウトプットする。
反応するだけ無駄だった。
特に、卒業式間近の薔薇の館には、そんな余裕などない。
姉(グラン・スール)たちが学校に留まっている間に、来年への引き継ぎを済ませなければならないのだ。
卒業した姉の学校まで押しかけでもしたら、薔薇(ロサ)失格ではないか。
そう考えていいはずなのだが、由乃は、一向に仕事に取りかかろうとせず、いくら無視されようと、ひとつの言葉を繰り返すばかりだった。
「祐巳さんと結婚したい〜」
何度も、何度も。
「祐巳さんと結婚したい〜」
しつこい。
薔薇の館の住人たちの心に、苛立ちが生まれた。
いや、生まれたのは、苛立ちだけではない。
むずむずと、掻痒のようななにかも、共に生まれていた。
「祐巳さんと結婚したい〜」
例えば、目の前に、猫がいる。
猫を前にした女子高生のほとんどが、猫とたわむれたいと思うだろう。
由乃は、猫だ。
特に、こうした時の由乃は。
いじりたい。
由乃をいじり倒したい。
そんな欲求が生まれるのは、仕方のないことなのだ。
仕事が残っていなければ、好き放題いじれるのに。
しかし、現に仕事は残っている。
少なくとも、由乃以外の誰かから接触を試みることは、許されていない。
それが、この場における、暗黙の了解であった。
「祐巳さんと結婚したい〜」
瞳子は、ちらりと様子を見た。
由乃は、まっすぐ自分を見つめていた。
──しまった。
「祐巳さんと結婚したいのだけど、瞳子ちゃん、協力して」
「え、や……いやです」
「あら、瞳子ちゃんは、センパイのお願いを断るの?」
「言い換えます。……瞳子には無理です。ご期待に添えず申し訳ありません」
「『無理』なことなんて、この世の中にはないのよ。信じればなんだってできる。だから、結婚に協力して」
「は、はあ……」
「瞳子」
と、祐巳が割って入った。
「は、はい」
「無駄話してないで、仕事を片づけてちょうだい」
たしなめるような口調で言う。
凛とした仕草は、どことなく祥子に似ており、瞳子は反射的に背筋をぴしりと伸ばした。
「で、ですがお姉さま」
「なあに?」
「その……仕事はすでに、終わらせてしまいまして……」
そこまで言って、瞳子は、しまった、と自分の口をふさいだ。
ああ、と祐巳が頭を抱える。
そんな告白をしてしまったら、由乃のおもちゃになりたいと言っているようなものではないか。
「なら、瞳子ちゃん。結婚するのに協力して」
「いえ、あの……ですから……」
しどろもどろになる瞳子に、祐巳が助け船を出した。
「じゃ……じゃあ瞳子、『送る会』の映像の編集をやって」
「それも済ませました」
「あれだけじゃ素っ気ないから、小粋なBGMをつけて」
「『ツインピークス』にしました」
「ならお茶淹れて」
「まだ飲んでないじゃないですか、乃梨子が淹れたお茶」
「……じゃあ、仕事残ってないじゃない」
「あるわよ」
と、瞳子の後ろから声がした。
由乃だった。
いつの間にまわり込んだのだろうか。
「ねえ、瞳子ちゃん」
由乃は、姉といちゃつく乃梨子を押しのけ、瞳子の隣に座った。
「式はいつがいいかしら」
「卒業式ですよね。ならカレンダーを見てください」
瞳子はとぼけながらも、姉に助けを求める視線を送った。
しかし、すでに祐巳は、再び書類と戦い始めている。
自分は見捨てられたのか?
「もう、わかってるくせに。結婚式の日取りよ」
「じゃあ……一ヶ月後で」
「祐巳さんもOKしてくれるかしら?」
「本人に聞いてみればいいんじゃないでしょうか」
「祐巳さーん」
由乃が声をかけても返事をしない。
黙々と書類仕事をしている。
瞳子は、書類の中身を見て、思わず吹き出しそうになった。
書類に思われたものは、ピクロスだった。
数字のヒントに従い、マス目を塗りつぶしていくと、最後には絵が浮かび上がるようになっている。
祐巳が挑んでいるのは、五十マス四方の巨大なものだ。
「ゆーみーさあーん」
だというのに、由乃はそのことに気づいていないようだ。
目が悪いのか、座っている位置の問題か。
「ゆーみーさあああーん!」
いくら声をかけても、返事をするわけがないだろう。
ピクロスも、クロスワードその他のパズルと同様、一度はまれば、周囲のことなど目に入らなくなる魔力を持っている。
ましてや、相手は、あの祐巳なのだ。
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